ポトペリーのファイアンスへの想い

NOV. 2022

 

「ファイアンスを作りたいから、ポトペリーを始めた。」

ポトペリーの代表岡見宏之が時折、口にする言葉です。

多くの人を魅了するスティグ・リンドベリのファイアンスとは何か、ポトペリーが考える現代のファイアンスとは何か、発表後も新作を作り続ける理由など、ファイアンスシリーズの制作秘話をご紹介します。

1、スティグ・リンドベリとファイアンスアンス
2、ポトペリーのファイアンスとは
3、岡見宏之とファイアンスの出会い
4、ポトペリーが目指す現代のファイアンス
5、変わり続けるポトペリーのファイアンス

 

スティグ・リンドベリとファイアンス

 

日本では「ファイアンス」という言葉を聞きなれない方も多いかも知れません。
ファイアンスとは、ヨーロッパの伝統的な焼物の総称で、繊細な淡黄色の土に錫釉をかけた白い陶器のことであり、ファイアンス焼きとも呼ばれています。

産業発展が進んだ1900年代のファイアンス焼きは、大量生産の安価な陶磁器に押されて衰退し始めていました。そんな中、ファイアンス焼きの良さを改めて広めたのがスティグ・リンドベリです。

スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg 1916-1982)は、ミッドセンチュリーに活躍したスェーデンを代表するデザイナーです。陶磁器ブランドのグスタフスベリのデザイナーとして、様々な名作を生み出し、現在も多くの愛好家がいます。

リンドベリは独創的なデザインで知られていますが、地味で人気がなかったファイアンス焼きをこれまでにない鮮やかな色彩と大胆なフォルムで生まれ変わらせ、陶芸界に衝撃を与えたと言われています。

それ以降、「ファイアンス」といえば、リンドベリの鮮やかなファイアンス焼きを指すことが一般的になりました。

 

ポトペリーのファイアンスとは

ポトペリーのファイアンス(Fajans)シリーズは、リンドベリのファイアンスに影響を受けて作られたシリーズですが、現代生活に合わせた様々な改良や工夫がされています。

●電子レンジ、食器洗浄乾燥機が使える
従来のファイアンス焼きは、低温で焼成されるため非常にもろいという弱点がありました。それを改善するため、ポトペリーのファイアンスは高温焼成に耐えられる土や釉薬から研究しなおし、電子レンジや食器洗浄乾燥機の使用を可能にしました。

●カトラリーで傷つかない
これまでの器の表面に筆で描く上絵技法では、金属カトラリーや長年の使用でどうしても絵柄が削れてしまいます。ポトペリーでは絵柄が損なわれないように、表面を覆う釉薬の下に絵の具を鎮める技法を開発しました。

●手に入りやすい価格
リンドベリのファイアンスでは職人が一つ一つ手描きで彩色していますが、ポトペリーはシルク印刷した転写紙を陶磁器に貼り、焼き付ける「転写」という技法を採用しています。人の手を減らすことで、安定した品質にしながら価格を抑えることができます。原画の手書きの風合いを残すために、多くのテストを繰り返しました。

このように、こだわりぬいたファイアンスシリーズは開発から発表までに長い歳月が必要となりました。さらに現在も研究開発は続き、毎年季節ごとの手描きファイアンスなども制作しています。

この情熱はどこからくるものなのか、デザイナー岡見宏之にファイアンスへの想いを取材しました。

 

岡見宏之とファイアンスの出会い

岡見とファイアンスの出会いは21歳のころ、渋谷のブックファーストでした。大学の陶芸クラブに所属していた岡見は、色鮮やかな陶磁器の表紙が気になり、スティグ・リンドベリの作品集を手に取りました。その表紙作品がファイアンスでした。

志野釉や織部釉、黄瀬戸釉などを用いた和食器の製作ばかりしていた岡見は、ファイアンスの発色の良さにインパクトを受け、その制作方法に興味を持ちました。色の美しさや筆線の表現を再現しようとしても、学生の岡見に思うような結果は出せませんでした。

そして、さらにリンドベリを意識する出来事が起こります。

当時の岡見はファッションブランド「アンダーカバー」の高橋盾さんの世界観やモノづくりの姿勢に好感を持っていましたが、雑誌で見た高橋盾さんのオフィスにリンドベリの灰皿がありました。

日頃から、「音楽やファッションを陶芸の中に感じることは出来ないだろうか」と考えていた岡見は、ファッションとロックが融合したオフィスに、リンドベリの作品が馴染んでいるのをみて、リンドベリにより強い興味を持ちました。

大学を卒業した岡見は、陶芸の仕事を探すためにスウェーデンに渡りました。

かつてリンドベリが働いていたグスタフスベリ社を訪ねましたが、事業が縮小し、新規開発は行っていませんでした。その他の陶磁器の窯元や作家をまわっても、リンドベリのような多彩さや可愛らしさを兼ね揃えたブランドは見当たらず、現地関係者の評価が高かった日本の窯元に就職しました。

しかし、スウェーデンを巡る中で、グスタフスベリの陶磁器博物館で、本物のファイアンスの色や造形美に触れ、感銘を受けた岡見のファイアンス製作への想いはさらに強くなりました。

日本の窯元で勉強しながらも個人でファイアンスの研究を続け、やりたいことのすべての責任やリスクは自分で負う必要があると考えて、ポトペリーを立ち上げました。

 

 

 

ポトペリーが目指す現代のファイアンス

岡見はリンドベリと同じファイアンスを製作するつもりはありませんでした。1900年代半ばに作られたファイアンスの製法では壊れやすく、電子レンジも食洗機も使用できず、現代のライフスタイルに合わないと考えたからです。

リンドベリのファイアンスの質感を残しつつ、強度を上げ、現代に合う器を製作するために様々な研究が始まりました。

最初の課題は「質感」でした。
理想は、白く出つつ、白過ぎない、マット過ぎずのマット感。この絶妙な質感。

ファイアンスに合った赤土、絶妙なマット感を出す基礎釉、焼成時の温度のプログラムが少しでも合わないと理想の質感は出ません。

赤土、基礎釉、焼成温度のプログラムを何パターンもテストし、失敗を繰り返しました。

もう一つの大きな課題が、絵柄を付ける「転写」でした。

ファイアンスの転写シートは、シルク印刷を10層重ねて筆で描いたような強弱の表情を生み出しています。

今でこそ、焼成時におこる釉薬の変色を計算してデザインを刷り、複数枚重ねて、理想の表現を転写する事が可能となりましたが、器の素地に質感が合わない、きれいな筆目がでないなど、数えきれないほどの試作がありました。

このように様々な問題を乗り越え、理想に近いファイアンスが完成したのは、ポトペリーを始めて3年後の事でした。

 

 

 

 

変わり続けるポトペリーのファイアンス

ファイアンスは開発当初から、終わりのないロングスパン制作と決められていました。通常ポトペリーではシリーズの発表後に研究が続けられることはありませんが、ファイアンスは例外です。

手描きで製作されたリンドベリのファイアンスは、同じ絵柄でも一つ一つ表情が違います。ポトペリーのファイアンスも、一つ一つ表情が違うような個性豊かな表現をしながら、量産できる体制を作り、もっと手頃な価格で皆さんに届けるために今も研究が続けられているのです。

「ファイアンスは今の形状が完成ではないし、今の絵柄が完成ではない」と岡見は考えており、今後もどんどんアップデートされる予定です。

また、数量限定で出している手描き(ハンドペイント)のファイアンスも取り組みの一つ。

その時々の感性で描かれている絵柄は、世界にひとつ。きっと出会いの一品になります。

デザイナーの岡見は、日本人の生活はベーシックな単色が多い印象を受けるそうで、ベーシックな中に「差し色」を楽しんで欲しいという想いがあります。

ファイアンスが生活の差し色となり、より豊かな食卓になりますように。

今後のファイアンスも、ぜひご期待ください。